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奇皇后のタルタルは実在した?史実でもカッコイイ!でも悲しい!

まりこ
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奇皇后タルタル実在
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まりこ
海外ドラマ、韓国ドラマ、映画好きの主婦です。 

海外ドラマは幅広く、韓国ドラマは時代劇を中心に見ています。

映画はマーベル系、ラブアクチュアリー、サスペンス系が好きです!

出典:https://www.tv-tokyo.co.jp/kikougou/gallery/?trgt=46129#contents
脚本家のお二人、チャン・ヨンチョル、チョン・ギョンスン夫婦が国内外の論文や史料を探し、ときには専門家の大学教授にたずねながら創り上げた韓国ドラマ「奇皇后

実際、主人公の奇皇后ですら
“「奇皇后」だから、姓は「キ」であることはわかるものの、名前は史料に掲載されていなかった“そうです。

その一方で、登場キャラクターの数人には実在の人物モデルがいたといわれています。
今回はその貴重なひとり、タルタルのモデルについてお伝えします。

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奇皇后のタルタルは実在した?~モデルになった人物の生涯~


タルタルのモデルとなったのは、元の宰相トクトだと言われています。

まずはプロフィールを見てみましょう。

トクト
漢字では「托克托」または「脱脱」と表記
英語ではTal Tal またはToqtoaと表記されるようです

偉大な歴史家Tuotuo」として知られる元の歴史家であり、元王朝の高官です。

生没年:1314年〜1356年1月10日
※日本の鎌倉時代末〜南北朝時代の頃

家系:メルキト族貴族
メルキト族はモンゴル帝国以前に、モンゴル高原北部〜東南シベリアを領地として勢力をふるっていた遊牧民族です。

家族
父 マジャルダイ
(母 資料見つからず)
伯父 バヤン(奇皇后のペガンのモデルと言われています)

タルタルは英語名だったんですね!

創作された名前だと思っていたので驚きです。

出自も遊牧民族というのはドラマのイメージからすると意外です。

次にトクトの生涯を見ていきます。

 

<トクト年表>

幼少時 伯父バヤンの養子となる

1331年 都指揮使(としきし)になる
1334年 知枢密院事(ちすうみついんじ)になる
※都指揮使、知枢密院ともに軍事機関の役職

イメージ通り軍事関係で活躍していたんですね!

 

1338年 御史大夫(ぎょしたいふ)に任命される
※御史大夫:古代中国の官職名で別名副丞相(ふくじょうしょう)

1340年 トゴン・テムル(順帝=タファンのモデル)と手を結びクーデターを起こして、叔父バヤンを追放する

バヤン(ペガン)と対立するのはドラマと同じですね!

 

1341年 トクトの父マジャルダイが宰相(さいしょう)になる
※宰相(さいしょう):皇帝を補佐する役目の最高職で丞相(じょうしょう)と同じ役職
しかし実権は、息子であるトクトが握っていたと言われています。

その後、父マジャルダイが辞職し、トクトが中書右丞相になる
※中書省:元における中央政府の統治機関
※右丞相:首席長官の位

かなり高い地位についていますね!

さすがタルタルのモデルと言った感じです!

 

トクトが都総裁官に任命され、史書の編纂に取りかかる 
※都総裁官:史書の編纂における最高責任者

1343年『金史』を完成させる

1344年『遼史』を完成させる

当時、元の学者たちの中には「遼王朝は野蛮人の国で、正当な王朝として認められない」と考える者もいました。
しかしトクトは遼、金、宋王朝をすべて中国の正統の王朝として扱い、歴史書の編纂に取り組んだと言われています。

※『遼史』『宋史』には、下敷きとなる資料が少ないことや短期間で完成させたことなどから不十分な点が多いという批判があります。

批判があったにせよ、軍人にもかかわらず歴史書を編纂するとはすごいです!

文武両道なのもドラマと同じですね!

父マジャルダイがトゴン・テムル(順帝)により甘粛(かんしゅく=黄河の上流)に追放される
この追放措置に従い、トクトも辞職
マジャルダイの死後、冤罪が明らかになる

1345年『宋史』を完成させる

1349年 ふたたび中書右丞相の座につく(政治的な力を得る)
水上輸送機能、洪水への対応、海賊対策の失敗などもあり黄河の改修工事を始める
この改修工事による民衆の負担などがのちの『紅巾の乱』へつながります。

トクトが行った政策が民衆の不満につながったのはなんだか悲しいですね。

 

1350年 新貨幣『至正交鈔』の発行を行う
※黄河の工事に関する支払いなどで大量の貨幣が必要だったためだと考えられています

1351年〜 各地で『紅巾の乱』と呼ばれる反乱が起きる
1352年  トクト、反乱の制圧のため徐州に遠征
1354年  トクト、反乱の制圧のため遠征に向かう
しかしトクトは、トゴン・テムル(順帝)の側近ハマの告げ口により、汚職などの疑いで制圧の途中で追放されてしまいます。
この時トクトに忠実な多くの部下たちは、新任の司令官の指揮下に入ることを拒んだと言われていますから、トクトは信頼のおける人物だったのでしょう。

 

雲南への護送中に反対派により毒殺される
反対派の失脚後、名誉回復

歴史の流れのなかでトクトの追放により反乱の制圧は失敗、またその死により元朝政府の機能は崩壊したと言われています

それほどトクトは重要な人物だったのですね。

もしトクトが生きていたら、元は滅びずに済んだのかもしれません。

ここまでトクトの生涯を見てきましたが、ドラマ「奇皇后」でのストーリーを連想させるエピソードもあれば、「えっ?」と感じるエピソードもあるのではないでしょうか?

次に、ドラマとの違いに注目したいと思います。

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奇皇后のタルタルは実在した?~ドラマと史実との違い編~


ドラマの中でのタルタル将軍(のちに丞相)は
 権力を手にしたのち強国政策へと暴走していく伯父ぺガンをヤンに協力して排除する
 タファン(皇帝)が最後まで信頼をおき、密命を下す家臣
 反乱軍との戦いに出兵、戦死の報告が届く
という姿が描かれています。

 

上記の内容について、ドラマと史実を比べながら詳しく見ていきましょう。

① 伯父ぺガンを排除(ドラマ編)


第47~48話
• メバク商談との極秘取引で、異民族の商談を潰し政治資金を手に入れようとするぺガンと対立
• 家門として伯父を支え続けるのか、民衆のことを考えヤン側につくのか苦悩する
• ぺガンとヤンの大明殿での対決では、助けを求める伯父に対して自らの剣で止めを刺す

 

① 伯父ぺガンを排除(史実編)

バヤン=「奇皇后」でのぺガン
• エル・テムル(=ヨンチョル丞相)と協力してトク・テムル(文帝)を擁立し、中書左丞相、知枢密院事などの肩書きを手に入れる
• トク・テムル没後、エル・テムルとともに幼いイリンジバル(寧帝)を皇帝に立てる
• エル・テムルの死後、トゴン・テムル(順帝=タファン)を皇帝に立てる
• エル・テムルの子タンキシを殺害して権力を手に入れる
• 科挙を廃止、漢族を虐殺する
などトゴン・テムル(順帝)にとって好ましくない存在になっていきました。

 

その頃、トクトが伯父バヤンを排除しようとトゴン・テムル(順帝)に接近。
手を結んだ二人はクーデターを成功させ、バヤンを追放。
その後バヤンは病死したと伝えられています。

タルタルが自らの手でペガン(パヤン)のとどめを刺すシーンはフィクションだったのですね。

 

② タファン(皇帝)が最後まで信頼をおき、密命を下す家臣(ドラマ編)


第51話
• 寿命が長くないと悟ったタファンが、自分の死後、愛するヤンと我が子アユルシリダラにとって、敵対勢力となる者たちを一掃するため一堂に会するよう画策する
• 皇太后によって担がれたパルラチョプをはじめ、皇太后派全員を始末
• タファンの病状を知っても、ヤンにさえ言うことなく秘密を守る

 

② タファン(皇帝)が最後まで信頼をおき、密命を下す家臣(史実編)

年表にも出てきた通り、トクトは記録に残るだけでも2回皇帝トゴン・テムルに裏切られています。
• 1344年 父マジャルダイが甘粛(かんしゅく)に追放(のちに冤罪と判明)
この追放措置に従い、トクト辞職
• 1354年 反乱の制圧のため遠征に向かうが途中で汚職等の疑いで追放
(反対派による工作だったため、死後名誉回復)

この部分に関してはドラマと真逆ですね。

 

③ 反乱軍との戦いに出兵、戦死の報告が届く(ドラマ編)


第51話 奇皇后の回想シーン
• パク内官が早馬によって伝えられたタルタル丞相の戦死をヤンに報告
• 紅巾族の反乱制圧のため出兵する前に「もし、私が戻らず国(大都)が危うくなったら北へお逃げに」と再起の機会について言い残す
• タファンには、タルタルの死ではなく「反乱軍に勝利した」と伝える

 

③ 反乱軍との戦いに出兵、戦死の報告が届く(史実編)
• 1356年 遠征先で追放後、順帝の寵臣ハマが差し向けた人物により毒殺される

先ほども説明したように、このようにタルタルファンには、悲しい史実も伝わっています。

しかし
「偉大な歴史家Tuotuo」として知られる
「史書3誌」の編纂に関わる
など『文武両道』に活躍したのはドラマのイメージ通りでうれしいところです。

その史書に関してですが、
早稲田大学の古典籍総合データベースに『宋史』『遼史』が掲載されています。
『宋史』は出版地不明、万歴27(1599)年出版のもの
『遼史』は出版地、出版年ともに不明
のようです。

貴重なものなので直接目にする機会はありませんが、データベース上にある「脱脱」「托克托」の文字を見るだけでワクワクするのは私だけでしょうか。

最後に、そんなワクワクする機会を与えてくれた“あるニュース”を紹介して、この記事を締めたいと思います。

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奇皇后タルタルは実在した?~まとめ~

2014年3月に “タルタルは実在の人物だった” というニュースがネット上に流れています。

この記事からも、ドラマをキッカケに多くの人が “タルタルという人物” に興味を持ったことがわかります!

それは、人物としての魅力に加えて、チン・イハンさんというタルタルのイメージにぴったりな役者さんが演じたことも大きな要因だったように思います。

ここで、チン・イハンさんが選ぶ『タルタルの名シーン』を2つご紹介します。

タルタルの名シーンその①24話で側室候補ヤンをひざまずいて見送るシーン

このシーン、台本には“一礼して敬語を使い始める”としか書かれていなかったとか。

そのため
“(セリフではなく)どうやって最上の敬意を表現するか” をワン・ユを演じるチュ・ジンモさんに相談したところ、
真の忠誠心を表したいなら”と見送りの場面のアイデアを教えてもらったそうです。

タルタルの名シーンその②48話で権力を握り、モンゴル民族至上主義のために暴走していく叔父ベガンを自らの手で止めを刺すシーン

タルタルが涙ながらに叔父上の信念には民がいませんと語るシーンに思わず涙したという方も多いのではないでしょうか。

あなたにとっての『タルタルの名シーン』はどれですか?

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