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トンイは実話で実在の人物?史実との違いに驚愕!

まりこ
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まりこ
アラフォーのフリーランス。 
冬ソナブームの頃には興味がなかった韓ドラにハマって数年。

時代劇が好き。
そして復讐ドロドロ系にツッコミを入れたり、ラブロマンスにときめいたりの毎日です。

読み書きは今ひとつの耳だけハングルなので、最初に覚えた韓国語は、
「~씨(~ッシ)」「아이고(アイゴー)」「어머(オモ)」の3つ。
詳しいプロフィールはこちら

出典:https://blog.naver.com/mbcdong2

ドラマ「トンイ」を見て” 初めて彼女の存在を知った” という方も多いのではないでしょうか?

私はハン・ヒョジュさん演じる “明るく可愛いトンイ” に魅せられるうちに
「トンイって本当にいたの?」
「正式な名前は何?」
「生まれや育ちは?」
いろいろな疑問が湧いてきました。

 

そこで今回は、「実在の人物としてのトンイ」について詳しく見ていきます。

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トンイは実話で実在の人物?~トンイの生涯編~

トンイのモデルは、実在の人物である「淑嬪(スクビン)崔(チェ)氏」と言われています。

1670年に生まれ、1718年に没しています。
(日本だと「江戸時代の4代将軍家綱の終盤〜吉宗が8代将軍になったころ」に生きた人物です)

<トンイ年表>
1670年 トンイ誕生幼少時 宮廷に入る(説1)
1681年 イニョン王妃のお付きとして宮廷に入る(説2)
1693年 初めての懐妊(子どもは生まれてすぐに亡くなる)

淑媛(スグォン)の身分を授かる

1694年 2番目の懐妊
淑儀(スギ)の身分に昇格する
のちの「21代国王英祖」を産む

 

1695年 貴人(クィイン)の身分に昇格する
1696年 3番目の子どもを産む(子どもは生まれてすぐに亡くなる)
1699年 淑嬪(スクビン)の身分に昇格する *最高位
1701年 イニョン王妃逝去40日後、粛宗(スクチョン)にチャン・ヒビン呪詛の件を伝える
1718年3月9日 逝去

宮廷に入るきっかけですが、実話としては以下の2説があります。

■説1 幼い頃(7〜8歳)から宮廷の洗濯や雑事をする、「ムスリ」という仕事についていた

■説2 イニョン王妃のお付きとして、一緒に宮廷に入った

 

説2は孤児だったトンイをのちの”イニョン王妃の父親、閔維重(ミン・ユジュン)氏”が引き取り、自宅でイニョン王妃と一緒に育てる

1681年
イニョン王妃がスクチョンの正室に決まった時に、”ミン・ユジュン氏がトンイを王妃のお付き”として宮廷に入れる

という流れです。

 

粛宗(スクチョン)との出会いも上記2説のどちらをとるかでそれぞれ異なります。

■上記説1の場合
1692年末〜1693年始め、冬の寒い最中に水を運んでいたトンイを見染める。

 

■上記説2の場合
イニョン王妃が廃妃になり、宮殿から出されていた時期、宮中を散策していた粛宗(スクチョン)が”熱心に祈るトンイ”を見かけ、声をかける。
イニョン王妃のために祈っています。」と答えるトンイ。

 

内心”イニョン王妃を廃妃にしたことを後悔していた”粛宗(スクチョン)は、トンイの姿に心を打たれ側室に迎える。

 

淑嬪崔氏は実在の人物ではありますが、記録されている資料は少なく、このように諸説あり、謎の多い人物なのです。

 

次にドラマで描かれたトンイの姿と、実在の人物である淑嬪崔氏の言動の違い、そして”まさかまさかの衝撃の史実”について見ていきます。

「トンイ」の記事一覧もぜひあわせてどうぞ♪

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トンイは実話で実在の人物?~ドラマと実話(史実)との違い編~


まず「ドラマでのトンイ」についてまとめておきます。

1 名前
チェ・トンイ

 

2 家族
父親:チェ・ヒョウォン
剣契(コムゲ)の頭目 検視官
南人(ナミン)派の策略により罪を着せられ、その後死亡

 

兄:チェ・ドンジュ
剣契(コムゲ)の一員 掌楽院(チャンアグォン)の楽師
父親チェ・ヒョウォン同様、罪を着せられ、その後死亡

 

「剣契(コムゲ)は」ドラマでは”身分の低い民を助ける組織”のように描かれていますが、実態は”ならず者の暴力集団に近い”と言われています。

 

3 犯罪者(冤罪ですが)の娘であることを隠すため、また父や兄の冤罪を晴らすため、名前を偽って”掌楽院(チャンアグォン)の奴婢(ヌヒ)”として宮廷で働き始める

掌楽院(チャンアグォン)は、”宮中で演奏する音楽に関する任務を担当する部署”です。

 

4 チャン・ヒビンに子供の頃に出会っている

幼いトンイが目撃した事件の関係者と思われる、手でサインを出す謎の宮女(クンニョ)がチャン・ヒビンです。

蝶の形をした鍵飾りを持っており、トンイはその記憶を頼りに女性を探そうとします。

大人になり2人が出会って最初のうちは、チャン・ヒビンはトンイ憧れの人でもありました。

 

5 チャン・ヒビン(とその周囲の人物)が、”イニョン王妃を呪い殺そうとした事実”を世子(チャン・ヒビンの息子)とクム(自分の息子)2人のために伏せようとする

 

世子とクム2人を守るため、宮殿を離れ、外で民の暮らしを助ける生活を始める

 

次に「実在の人物としてのトンイ(実話)」について見ていきます。

1 名前 
苗字は「崔(チェ)」、名前は不明

 

2 家族
父親:崔孝元(チェ・ヒョウォン)
下級役人で、剣契(コムゲ)とは無関係
母親ホン氏

 

3 奴婢として働いてはいない

身分制度の厳しい朝鮮王朝では、奴婢の身分で王様のいるところへ出入りすることは難しく、王様と出会うことはありません。

実際は、”針房(チムバン)で宮女(クンニョ)として働いていたのではないか”と考えられています。

 

“トンイが奴婢(ムスリ)だった” という説は、彼女が生きていた時代より後に、「トンイの息子 21代国王 英祖(ヨンジョ)」に敵対する勢力が “英祖に王の資質がない” と主張するために流した噂のようです。

 

また、ドラマでは、トンイは「掌楽院(チャンアグォン)」から「監察府(カムチャルプ)」という部署へ異動しますが、監察府(カムチャルプ)という部署は存在しません。

朝鮮王朝の部署や官職の一覧表こちら

 

4 チャン・ヒビンと幼いトンイが出会ったことはない

トンイの父や兄が罪を着せられた一連の出来事は、ドラマのための創作です。
まして、トンイが “犯罪者の子供” になって追っ手から逃げるなどありません。

 

5 チャン・ヒビン側の “イニョン王妃呪詛(ジュソ)” についてスクチョンに伝える

「朝鮮王朝実録」1701年9月23日
淑嬪(スクビン)・崔(チェ)氏がこれまでに王妃から受けた恩を追慕し、慟哭する心をこらえきれずに、王に秘かに告発した

 

伏せるどころか「トンイ自ら王様に告発した!」ということです。

この告発事件には、さらにもう一点、気になることがあります。
それは、この告発が “イニョン王妃の死後40日経ってから行われた” ことです。

 

なぜ40日も過ぎてから告発したのか?

言い換えれば、なぜチャン・ヒビン側に証拠隠滅をはかる時間を与えることなく、すぐに告発しなかったのか?

 

ここで、トンイファンをがっかりさせてしまう(かもしれない)説をお伝えします。

それは『トンイ悪女説』です!

 

ドラマでは、「クム(ヨニングン)がイニョン王妃の病気回復を願って、菖蒲の花輪を作ろうと庭を掘っているときに偶然、呪いの儀式に使ったお札や人形を見つける」という設定になっていましたが、

史実では、チャン・ヒビンがイニョン王妃を呪う儀式をした確証はなかった”そうです。

 

また、土の中から発見された儀式に使った物を、チャン・ヒビン側が埋めた証拠もなかったそうです。

つまり、「トンイの告発が、唯一のチャン・ヒビンの悪事を示す根拠だった」というわけです。

 

これは、どういうことなのでしょうか?

この告発事件の背景には、当時のトンイを取り巻く状況の変化があったと言われています。

 

それは、

  • トンイの大きな後ろ盾であったイニョン王妃が亡くなったこと
  • 粛宗(スクチョン)側室の一人である、榠嬪・朴(ミョンビン・パク)氏が男の子を産んだこと
  • 粛宗(スクチョン)が生まれた王子(ヨンニョングン)を溺愛したこと

です。

 

自分の地位をおびやかす”ミョンビン・パク氏の存在”と、”自分の息子(ヨニングン)の王位継承権でライバルとなるヨンニョングンの誕生”に不安を覚えたのかもしれません。
(ヨンニョングンは20歳という若さで亡くなってしまうのですが)

 

結果として、トンイの告発を受けて粛宗(スクチョン)は、チャン・ヒビンに”死罪”を命じます。

 

こうして”実在の人物としてのトンイ”は、世子の母であり、自分たち親子にとってライバルの1人である “チャン・ヒビンの排除” に成功するわけです。

※この件について詳しくはこちらもどうぞ↓↓

トンイでの南人と西人の派閥争いとその史実とは?朝鮮王朝で起きた権力闘争を紹介!

 

6 宮殿を出て貧しい身分の人たちのために生きたというより、「持っていた自分の領地」で生活をした

粛宗(スクチョン)の時代、”側室に王宮の外に土地や屋敷を与えること”が多々あったようです。

 

トンイが生活をしたのも “以前王様から譲り受けていた屋敷”

「王妃になれるチャンスもあったのに固辞して、宮殿を離れ、マザーテレサのように生きた」

というわけではなさそうです。

 

ここまで読んで、どのように感じられましたか。

ドラマ「トンイ」では、ハン・ヒョジュさんが困難に立ち向かう、明るく前向きなトンイを演じていましたが、実は “悪女説” もあるなんて驚きです。

 

ドラマ「チャン・オクチョン〜愛に生きる」では、トンイこと淑嬪(スクビン)崔(チェ)氏”ちょっと悪女”として描かれていますので、見比べるのも面白いかもしれません。

それにしても・・・本当のトンイの姿はどうだったのでしょう?

 

最後に、「トンイ」にまつわる様々な話についてまとめたいと思います。

そんな”ドラマとは全然違う!歴史上のトンイ”を思い浮かべながら、改めてドラマを見てみたり、”史実と比べながら、「トンイ」を全話じっくりと見直してみる”のも、時代劇ならではのおすすめの楽しみ方ですよ!

 

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トンイは実話で実在の人物?~まとめ~

ドラマ「トンイ」が制作されるまで、あまり知られることのなかった実在の人物”淑嬪(スクビン)崔(チェ)氏”。

 

歴史の記録にもあまり登場していないため「〜らしい」「〜と言われている」としか分かりませんが、その分、資料の行間から想像を膨らませることのできる人物でもあります。

 

歴史が好きな方であれば、トンイの行動や身分の昇格の裏に、どのような政治的な駆け引きがあったのか?」
など、ついつい探求したくなるかもしれません。

 

書籍やサイトにも多くのトンイ情報があります。
ぜひ楽しく『トンイの沼』にはまってみてください!

 

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