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トンイでの南人と西人の派閥争いとその史実とは?朝鮮王朝で起きた権力闘争を紹介!

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海外ドラマ、韓国ドラマ、映画好きの主婦です。 

海外ドラマは幅広く、韓国ドラマは時代劇を中心に見ています。

映画はマーベル系、ラブアクチュアリー、サスペンス系が好きです!

出典:https://www.imdb.com/title/tt1666209/mediaviewer/rm3007463936

トンイの生きた時代、即ちスクチョンが国王の時代は、朝廷での激しい派閥争いが起きていた時代です。

ここでは、ドラマの中で描かれた南人(ナミン)と西人(ソイン)の争いと、その背景にある歴史的な流れ(史実)などをご紹介します。

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「トンイ」での南人と西人の派閥争い


まずはドラマ「トンイ」での争いから。

最初に、主なメンバーを南人(ナミン)と西人(ソイン)で区別します。

南人(ナミン)派および南人(ナミン)と近しい人々

オ・テソク 

出典:http://www.imbc.com/broad/tv/drama/dongyi

 

オ・ユン

出典:http://www.imbc.com/broad/tv/drama/dongyi

 

チャン・ヒビン

出典:http://www.imbc.com/broad/tv/drama/dongyi

 

チャン・ヒジェ

出典:http://www.imbc.com/broad/tv/drama/dongyi

 

西人(ソイン)派および西人(ソイン)と近しい人々

チョン・イングク

出典:http://www.imbc.com/broad/tv/drama/dongyi

 

シム・ウンテク 

出典:http://www.imbc.com/broad/tv/drama/dongyi

 

明聖(ミョンソン)大妃

出典:http://www.imbc.com/broad/tv/drama/dongyi

 

イニョン王妃

出典:http://www.imbc.com/broad/tv/drama/dongyi

 

南人(ナミン)VS 西人(ソイン)

■音変(ウムピョン)事件の発生(第5話)

入宮したチャン尚宮が災いをもたらしたとされる

実際は、明聖(ミョンソン)大妃、チョン・イングクが仕組んだもの

 

西人(ソイン)勝利!

 

■音変(ウムピョン)事件の真相が明らかになる(第7話)

トンイの活躍もあり、音変が岩塩を使った人為的なものと判る

明聖(ミョンソン)大妃は実行犯の武官(チョン・イングクの手先)を始末しようとするが、オ・テソクが先に武官を拘束する

チャン尚宮は、スクチョンには事実を知らせず明聖(ミョンソン)大妃を半ば脅す

 

南人(ナミン)勝利!

 

■イニョン王妃毒殺未遂事件発生(第9話)

イニョン王妃の煎じ薬に毒となるものが見つかる

明聖(ミョンソン)大妃は、トンイがチャン尚宮の使いとして薬剤を届けたことを利用して、チャン尚宮を犯人に仕立て上げようとする

 

チャン尚宮は、監察府(カムチャルプ)で厳しい取り調べを受ける

※その後トンイの活躍で、チャン尚宮の無実は証明される

 

西人(ソイン)勝利!

 

■スクチョン、チャン尚宮を側室に任命する(第17話)

母である明聖(ミョンソン)大妃の猛反対にも関わらず、側室に任命し、懐妊の事実を告げる

大妃は自分が反対しても無駄であることを悟る

 

南人(ナミン)勝利!

 

■イニョン王妃、廃妃となる(第19〜21話)

明聖(ミョンソン)大妃の煎じ薬に細工がなされ、大妃の健康状態が悪化

イニョン王妃は監察府(カムチャルプ)に内密に調査することを命じる

しかし、偽の証言や証拠によりイニョン王妃が疑われることになる

 

トンイは、チョンスとともに王妃の無実を証明しようと東奔西走するが、一歩及ばず

王妃の廃妃が決まる

 

南人(ナミン)勝利!

 

■チャン・ヒジェ捕らえられる(第29〜30話)

怪我を負いながら手に入れた証拠を都に持ち帰ったトンイ

これにより、スクチョンはイニョン王妃の無実とチャン・ヒビンの関与を知る

 

さらに焦ったチャン・ヒジェは、証拠となる書類を手に入れようとして捕らえられる

 

西人(ソイン)勝利!

 

■南人(ナミン)すべて官職を剥奪される(第35〜37話)

世子の誥命(コミョン)に関する取引で「謄録類抄(トゥンノンユチョ)」を用いたことや協力したことなどから、チャン・ヒジェのみならず南人(ナミン)すべて官職より一掃される

 

チャン・ヒビンは王妃の座から降格される

 

西人(ソイン)勝利!

 

これ以降、南人(ナミン)派の勢力は弱まり、

そして、南人(ナミン)と西人(ソイン)が分裂した少論(ソロン)で協調することになります。

 

次に史実での争いを見ていきます。

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朝鮮王朝での南人と西人の派閥争い(史実)

南人(ナミン)と西人(ソイン)が争うことになる発端

第9代国王・成宗(ソンジョン)

力を持ちすぎていた従来の官僚層「勲旧(フング)派」を抑えるために、地方で力を持っていた「士林(サリム)派」を登用する

 

新旧勢力の対立が起きる

士禍(サファ)と呼ばれる深刻な粛清を引き起こす

 

第14代国王・宣祖(ソンジョ)

士林(サリム)派が政権を握る

勲旧(フング)派は追放される

 

要職に就くにあたり、外戚の影響力をどの程度容認するかという問題で士林(サリム)派が内部分裂をする

主導者の住まいが、都・漢城(ハンソン)の東方にあった方が東人(トンイン)派に、西方にあった方が西人(ソイン)派となる

 

16世紀後半、東人(トンイン)派が内部分裂する

「光海(クァンへ)君を世子にすべき」と主張した西人(ソイン)派チョン・チョルの処罰をめぐり、強硬派と穏健派に分裂

 

強硬派が北人(プギン)派へ、穏健派が南人(ナミン)派となる

 

さらに北人(プギン)派が分裂する

ようやく世子となった側室の次男・光海(クァンへ)君を支持する大北(テブク)派と、宣祖(ソンジョ)の継妃インモク王后の長男・永昌(ヨンチャン)大君を支持する小北(ソブク)派に分かれる

 

大北(テブク)派が政権を掌握する

■第15代国王の座に光海(クァンへ)君が就いたことで、大北(テブク)派が政権を掌握する

仁祖反正(インジョパンジョン)といわれるクーデターにより、光海(クァンへ)君は失脚、大北(テブク)派は追放され、第16代国王として仁祖(インジョ)が即位する

 

小北(ソブク)派は、分裂しながら少数勢力として生き残る

 

西人(ソイン)派がふたたび権力を握る

第18代国王・顕宗(ヒョンジョン)が即位する

■1659年、第17代国王・孝宗(ヒョジョン)の死去に伴い、第18代国王・顕宗(ヒョンジョン)が即位する

このとき、顕宗(ヒョンジョン)からみれば祖母にあたる16代国王・仁祖(インジョ)の継妃・莊烈(チャンリョル)王后は存命

※名目上の息子・孝宗(ヒョジョン)より長生きした

 

慈懿(ジャイ)大王大妃(テワンテビ)莊烈(チャンリョル)王后が喪服を着る期間をめぐって対立が起きる

※大王大妃(テワンテビ)=先々代の王の妃

 

17代国王・孝宗(ヒョジョン)は次男であったため、本来なら「1年喪に服す」決まりであった

しかし、復権を狙う南人(ナミン)派は「次男ではあるが、王位を継いだので長男と同じ3年喪に服すべき」と主張

 

西人(ソイン)派は「長男の昭顕(ソヒョン)世子が亡くなったときに3年服喪していることもあり、次男は次男として1年喪に服せばよい」と主張

 

※これを「第一次礼訟(イェソン)論争」と呼ぶ

 

このときは西人(ソイン)派の主張どおり莊烈(チャンリョル)王后は「1年」喪に服した

この件で南人(ナミン)と西人(ソイン)両派の間に大きな禍根を残すこととなる

 

仁宣(インソン)大妃が亡くなる

■1674年、孝宗(ヒョジョン)の妃であった仁宣(インソン)大妃が亡くなる

このときも、慈懿(ジャイ)大王大妃(テワンテビ)莊烈(チャンリョル)王后は存命

 

ふたたび莊烈(チャンリョル)王后の服喪期間をめぐって、南人(ナミン)と西人(ソイン)が対立する

 

南人(ナミン)派は「先王の妃として、1年喪に服すこと」を主張

西人(ソイン)派は「次男の嫁として、9ヶ月喪に服せばよい」と強硬に主張

 

※これを「第二次礼訟(イェソン)論争」と呼ぶ

 

このときは南人(ナミン)派の主張に従い、莊烈(チャンリョル)王后は「1年」喪に服した

この件で、強硬に主張した西人(ソイン)派の宋時烈(ソン・シヨル)らが処分された

 

2回の「礼訟(イェソン)論争」には礼法の解釈だけでなく、王権を弱体化させ、どちらが政治的な力を持つかという政治闘争の意味合いがあった

これが、次の粛宗(スクチョン)の時代での対立に続いていく

 

1674年、第19代国王として粛宗(スクチョン)が即位する

南人(ナミン)派と西人(ソイン)派の政争がもっとも激しい時期に13歳で即位した粛宗(スクチョン)は、両派の争いを利用しながら王権強化に努める

 

即位当時は、南人(ナミン)派が朝廷の要職を独占

先ず、母・明聖(ミョンソン)王后方の伯父にあたる西人(ソイン)金錫冑(キム・ソクジュ)を登用

 

次いで「油幄濫用事件(ユアクナミョンサコン)」と呼ばれる南人(ナミン)許積(ホジョク)による油幄(ユアク)私用持ち出しをキッカケとして、主要軍権を西人(ソイン)派が手にする

 

南人(ナミン)派が粛清される

■1680年、庚申換局(キョンシンファングク)により南人(ナミン)派が粛清される

金錫冑(キム・ソクジュ)らは、「南人(ナミン)許積(ホジョク)の庶子・許堅(ホギョン)が福善(ポクソン)君3兄弟と謀反を企んでいる」とでっち上げる

これにより数多くの南人(ナミン)が没落

 

政局は西人(ソイン)派が主導権を握る

しかし、西人(ソイン)内部で分裂が起きる

 

南人(ナミン)たちを残さず追い出そうという強硬派と、それに対して上訴する穏健派に分かれ意見が対立

1683年には、17代国王・孝宗(ヒョジョン)の格に関する対立から老論(ノロン)と少論(ソロン)に分裂

 

イニョン王妃が廃妃となる

■1689年、己巳換局(キサファングク)により、イニョン王妃が廃妃となる

粛宗(スクチョン)の側室・張(チャン)氏息子昀(ユン)を産む

正妃(最初の王妃)仁敬(インギョン)王后の娘2人は夭逝、継妃仁顕(イニョン)王后には子どもがいなかったこともあり、粛宗(スクチョン)昀(ユン)元子(ウォンジャ)*にしようと考える

*元子(ウォンジャ)王の嫡長子

 

西人(ソイン)派は、当時22歳の仁顕(イニョン)王后が西人(ソイン)の家系で、今後子どもができる可能性もあるため、側室の子を元子(ウォンジャ)とすることに異を唱える

一方、張(チャン)氏を支える南人(ナミン)派は、昀(ユン)を元子(ウォンジャ)だけでなく世子とすることを進言する

 

昀(ユン)が元子(ウォンジャ)の称号を受け、張(チャン)氏は禧嬪(ヒビン)に昇格する

粛宗(スクチョン)に異を唱えていた西人(ソイン)派の宋時烈(ソン・シヨル)は流刑ののち処刑された

 

※「トンイ」で延礽君(ヨニングン)の師として登場するキム・グソン

彼のモデル郭始徴(クァク・シジン)は、宋時烈(ソン・シヨル)の推薦により官職に就きました

宋時烈(ソン・シヨル)が失脚したとき、郭始徴(クァク・シジン)は自ら職を辞し、宮廷とは距離を置いた学問に専念する生活を始めます

 

南人(ナミン)派に権力が集中する

 

仁顕(イニョン)王妃が復位する

■1694年、甲戌換局(カプスルファングク)により、仁顕(イニョン)王妃が復位する

粛宗(スクチョン)は、南人(ナミン)が力を持ちすぎたこと、また禧嬪(ヒビン)張(チャン)氏とその兄張希載(チャン・ヒジェ)が南人(ナミン)と組んであらゆる権力を手に入れたことに危機感を抱くようになっていた

 

また、のちの淑嬪(スクビン)崔(チェ)氏(トンイのモデル)を寵愛し、王妃張(チャン)氏から気持ちが遠ざかっていた

 

そのような粛宗(スクチョン)の気持ちを察した西人(ソイン)派は、仁顕(イニョン)王妃の復位を試みる

 

粛宗(スクチョン)は、西人(ソイン)の意見を受け入れたので、西人(ソイン)派がふたたび朝廷で力を持つようになる

と同時に、南人(ナミン)派への粛清が始まる

 

王妃であった張(チャン)氏は、禧嬪(ヒビン)に降格

仁顕(イニョン)王妃が復位を果たす

このとき宮廷で力を持ったのは、西人(ソイン)でも少論(ソロン)派だった

 

さらに

1701年、淑嬪(スクビン)崔(チェ)氏により「禧嬪(ヒビン)張(チャン)氏が仁顕(イニョン)王妃の死期を早めようと呪詛を行っていた」という噂話が粛宗(スクチョン)の耳に入る

 

このことにより、禧嬪(ヒビン)張(チャン)氏と張希載(チャン・ヒジェ)は死罪となる

※この事件は「巫蠱(こどく)の獄」といわれる

 

そして彼らを擁護していた少論(ソロン)が勢力を失ったため、宮廷は老論(ノロン)が力を持った

 

これら南人(ナミン)と西人(ソイン)官僚による争いに加え、1688年まで存命した南人(ナミン)に近い莊烈(チャンリョル)大王大妃と西人(ソイン)に近い明聖(ミョンソン)大妃による争いもありました。

 

それでは最後にまとめとトンイ関連情報をご覧ください。

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トンイでの南人と西人の派閥争いとその史実とは?朝鮮王朝で起きた権力闘争を紹介!~まとめ~

今回は「トンイ」での南人(ナミン)と西人(ソイン)の派閥争いと、朝鮮王朝で実際に起きた争いの両方を紹介しましたが、史実の方がドロドロとしている感じがしますね。

ただ、このような背景を知った上で「トンイ」を見ると、さらに楽しめると思いますよ!

ぜひ史実と照らし合わせながら、「トンイ」と朝鮮王朝の歴史を楽しんでみてください。

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